2012年12月3日月曜日

二人目【Daisuke Hirano】(後編)報われる理想

平野大輔は、会社では良い評価を受けていなかった。ただし、例外もいた。

社長である。

社長は平野のことを「自分に似ている」と言っていたという。この社長は創業者である。「起業のために御社で勉強したい」と語っていた平野は「創業者」的であるため、「従業員」向きではなかったのかもしれない。

「従業員」とは、「業(仕事)に従う人」である。逆に「業を創る人」が「創業者」、「業の主となる人」が「事業主」だ。

現在、「従業員」をやっているが評価されていない人、価値を発揮できていない人は聞いてほしい。あなたはもしかしたら「創業者/事業主」的なのかもしれない。既存の業務の枠を出てしまうほど、理想が大きいのかもしれない。




ハロウィンパーティーを共催した仲間から、寄せ書きを受け取る平野(今年11月)





【事業主・平野大輔】

平野は現在、複数の事業を回している。そのうちの一つはアムウェイAmwayだ。

話は、平野が会社員2年目だった頃の6月に伝わってきた。聞きたくて聞いた話ではなかったが、「製品が全額返品できる」という情報に「耳のシャッター」が開き、正座をして聞いた。

あなたが「アムウェイ」と聞いて連想するもの、あるいはグーグル Googleで検索して出てくる内容と、平野がやっているアムウェイはだいぶ違うかもしれない。

平野は自分から誘うという方針を取っていない。勧誘と取られることをしたり、迷惑なことをしたりするのは嫌いだ。



「聞きたくない奴に聞かせるもんじゃない」とはっきり述べている。



ではどうやっているか?彼はSNSをメディアとして捉え、自分の価値観を発信。価値観に共鳴した人に対し、「教えてください」と言われたらアムウェイとは何かを教えている。



平野はインドでもアムウェイを展開。この写真は、同国でのビジネス展開がどうなっているかを各地で説明した日のもの。一日で東京、大阪、東京と往復してきた。

彼によれば、インド人はチャンスにどん欲だという。「聞きたい人に情報を提供する」というのが、平野流だ。





平野は現在、かなりストレスのない状態でアムウェイなど諸々のビジネスを展開している。ただし、本サイトでは、登場人物に都合の良い話ばかり流すことを目的としていない。

彼が初めは苦しむこともあったことを、明らかにしたい。

平野はアムウェイを始めて1年ほどで、会社員と同程度の月収をアムウェイで得られるようになった。そこで自信を付けて会社を辞めた。ただし、まだそれだけで食べていける段階には至っていなかった。

そこで、事業をもう一つ始める。「老人介護の現場におけるコミュニケーションの調整」という事業を始めるが、1カ月で契約を打ち切られた。それからマーケティング・コンサルタントとして懸命にお客を探すも、依頼主が3カ月ごとに変わるような状態を3年続けた。

「自分でお金を稼ぐのは、こんなに大変なのか」と思った。「ラットレース」(食べていくため、走るように働き続ける状態)というのは従業員についてよく使われる言葉だが、平野はこの頃、ラットレース状態に陥った自営業者だった。



【 ”自分ブランド” をつくる】



そこで、平野は自分のブランドイメージをつくることにした。”起業ネタ発掘の達人” としてのブランドを確立。依頼主を追い掛けるのではなく、自分のことを選んでもらうことにした。

情報や価値観をSNS、ブログ、メルマガで発信。セミナーを開いたり、起業ネタをコンサルタントしたりしたら、功を奏した。

例えば、セミナーに参加した37歳の女性は、思わぬ起業ネタを平野に発掘されている。彼女が「わたしは可愛いわけじゃないけど、必ず告白されてから恋愛が始まる」と言うと、他の参加者は「すごい」と感心した。

彼女自身にとっては、それが起業ネタになるのは意外だったそうだ。だが、平野は「人からホメられることは何ですか?」という質問で、彼女の長所を引き出した。


【何でも表彰】



平野は他にも、パーティー・オーガナイザーとして、自分も周りも楽しませつつ、それを事業にしている。今年10月には、「少子化対策」と銘打ってハロウィンパーティーを開催した。

パーティーは、各スタッフが当日最後の最後まで自分の判断で場を盛り上げた。それぞれができることを見つけ出し、得意なことに力を注いだ。責任は平野が引き受け、各スタッフは「俺が/わたしが主催者だ」と名乗ることを認められていた。結果、全員がリーダー意識を持った集団になった。

そして、スタッフ同士の二次会が大盛り上がり。そこで平野は、スタッフ一人一人を表彰した。「集客MVP」だとか「司会で盛り上げてくれた人」はもちろん、「クビレが素敵な人」「遠方からわざわざ来てくれた人」といった理由でも表彰した。

一見よく分からない理由だが、尊敬の気持ちに満ちた場となった。

互いが互いを称え合い、お酒を一気に飲み干した。朝まで飲んでいたにもかかわらず、多くのスタッフが「感動のあまり寝なかった」と口にしていた。

平野は、「人をありのままで認める」ことが好きだ。人の至らないところにばかり目を向け、あーだこーだ言うのではなく、「その人が今、持っているもの」に目を向ける。だから、全員のいいところを見つけ出した。

なお、平野は人の表彰ばかりで、自分のことは称えていなかった。後日、周りがお返しに平野を表彰しようと、彼には極秘で寄せ書きを作る。冒頭の写真がそれだ。感謝は倍になって返ってきた。

10月のハロウィンパーティーにて。紫色のカツラをかぶっているのが平野。(撮影=池田弘樹)

なお、12月には「Xmas難民を救え!」と銘打ってクリスマス・パーティーが開催される。








【報われる理想】



平野は現在、経済的にも好ましい状態になっている。妻の誕生日(2月5日)には毎年、モルディブ、サイパン、グアムに共に旅行に行っている。2013年には、ニュージーランドに行く予定だ。

ここで、前編から読んでいる人には疑問がわくことだろう。



「教育という理想はどこに行った?」



確かに彼は現在、いわゆる学校の教師でもなければ、官僚として教育制度をつくっているわけでもない。

しかし、平野は「教育」をやっている。「本人が本来やりたいことを生かす」という形で実践している。

ハロウィンパーティーには、平野のコンサルを受けた女性が動画撮影係として参加していた。彼女は薬剤師をやりつつ、映画監督を志望していた。やりたいことと現状とのせめぎ合いで悩んでいたとき、Twitterを通じて平野とコンタクトを取った。

平野に相談した結果、映画監督としての仕事を始めるられることに。「こうだったらいいな」と思っていたことを実現したのだ。



平野はこれについて、「僕がコンサルだから実現できたわけではない」と主張している。





本当の理由は、「今持っているものを生かそう」というスピリットだという。彼によれば、アムウェイにはそのスピリットがある。





平野は語る。





「僕がやりたいのは、本人が本来やりたいこと、内側から来る原動力を生かすことなんだ」。





" Education "の語源は、「"ex(外)" に "duc(導く)" 行為」だとされている。その考えをなぞれば、外から内へ知識を詰め込むことではなく、内から外へ才能を解放することこそが、「教育」である。





平野が教師ではなく官僚を志したのは、「教育」を根本的に変えるためだった。彼は今、紆余曲折(うよきょくせつ。曲がりくねること)を経て、もっと根本的な意味での教育を実践している。



従業員だった頃は、理想を持って仕事に取り組んでも報われなかった。今は、自分の理想に基づいて仕事を選んだり、つくったりしている。



理想は報われた。


留学や就職や起業を経て、時には遠ざかったりもした。けれど、最後にはより望ましい形で辿り着いたのだった。



【Daisuke Hirano】

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平野の理想は報われた。ただし彼は、自分が報われただけで「めでたしめでたし」とは考えていない。

「 ”こうだったらいいのに” という想いを実現してほしい」

「それに対して、ストレートに向かっていってほしい」

──というのが、彼のメッセージ。





だから、次はあなたが、自分の理想(こうだったらいいのに)を叶えてみてはどうだろう?





どうすればいいのか分からない?





では、相談してみよう。





すでに叶えている人に、相談してみよう。





(取材・執筆=本文の文責は真木風樹にあります。筆者である真木風樹と、取材対象者である平野大輔氏以外による無断転載・使用はお断りします。転載・引用の際はご一報ください)。




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