2013年3月25日月曜日

新潟のIターン農家、三度の震災と豪雪直撃

三度の震災と豪雪を経験した農家がある。新潟県にある「フェアリーズ・ファーム(FAIRY'S FARM)」だ。

同ファームは2月23日の豪雪を受け、機械を格納していた倉庫が倒壊。トラクターなどの機械1600万円相当が損傷あるいは壊れて使えなくなった。



倉庫はこれに先立ち新潟県中越地震(2004年)、新潟県中越沖地震(07年)、「3.12」(3.11翌日の地震)にも見舞われてきたが、それらによる損傷や磨耗も蓄積していたと思われる。

ファームを支援する有志は、小屋の撤去作業に必要な費用の募金を呼び掛けている。

【雪国】

まずは、現場がどのような場所なのかについて。

同ファームは新潟県の中魚沼郡津南町にある。「魚沼産コシヒカリ」の魚沼である。同県の最南端に位置し、長野と県境を接している。自然が豊かで、山道をドライブしていたらキジが出た。

降雪期間は長く、ファームの代表によれば、11月には「いつ降ってもおかしくない」状態になり、なくなるのは5月のゴールデン・ウィークの頃だという。また、積雪の高さは2階の窓から雪が見えるほどだ。これはたとえ話ではなく、3月8日の時点で、代表宅の窓と同じ高さに雪が迫っていた。家の玄関にはスキー道具が置いてあり、子どもは草野球にでも行くかのようにスキーを滑りに行く。



【早河代表】

代表の早河聖光氏(以下、敬称略)とは、早河の友人を交えて新潟県十日町のカフェで対面した。雪焼けした顔に微笑みを浮かべる早河。私の目には疲労と悲しみが滲んで見える。話し方はナレーターのように落ち着いている。語尾がすっと解ける語り口だ。

早河の友人が去ったところで、私たちは二人で事故現場に向かった。また今回の取材では、早河宅に泊めてもらい、農園での作業も見ることになる。本ブログは「発言内容はそのまま掲載する」という方針だが、今回の取材に際して私は、発言は何度でも、気持ちの通りの表現になるまで言い直してほしいと伝えてある。「そのまま掲載する」という方針は変わらないが、言葉を額面通りにとらえて内心と違うことを書くのは避けなくてはならない。





早河は電通子会社のイベント事業部に勤めていた。渡米したり、ガーデニングの設計•施工をしたりした時期を経て就農。新潟県の新規就農者への研修を受け、29歳のときにユリ切り花農家として独立した。

ユリ農家を始めたきっかけは、昼寝中に夢でユリを見たから。目の前で開花したユリが美しかったのだという。

田んぼも少しだけ始めた。しかし、研修では習っておらず、「あささ、田んぼどうやって作るんだい」と困った。師匠に聞いたら「隣のじいさんと同じことしれ!」と言われ、「えー!」と思ったと笑いながら語る。

それでも3年後には、ユリは初年度の3倍、田んぼは10倍の規模になっていた。5年で達成する計画を3年でクリアしたため、県から農業後継者として認定された。周囲からは「東京者(もん)が3年でやっちまった」と評価された。

妬まれることはあったか?

「あ!ったよ!」

肥料を盗まれたり、貯めた水を捨てられたりしたこともあった。それでも、早河は「意地悪されるほど大きくなったんだ」と考えた。

早河は毎日3:30に起き、4:00に家を出る。農作業して21:00に帰宅する。これをほぼ無休で続ける。5時間の休みが取れる日が10日あれば良い方だという。身体への負担が大きい仕事だが、早河は自らを肉体労働者ではなく「アスリート」と呼ぶ。農作業の合間やオフシーズンにジムに通う。これにより動きが変わってくるのだという。

早河は就農したときから、人の3倍努力すると決めていた。

「フェアリーズ•ファーム」の由来について。これは、作物には妖精が宿っているという考えからきている。早河がある人から、「周りに妖精がいっぱい飛んでるね」と言われたのがきっかけだ。

同ファームではユリ、コメのほか、夏イチゴやシイタケも扱っている。早河の魚沼産コシヒカリのご飯をご馳走になったが、本当に美味しかった。冷めると、冷めたときの味わいがある。イチゴのゆべし(柚菓子、写真参照)も、もちもちした食感でいける。





【早河と夏イチゴ】

早河がイチゴを始めた経緯は不思議な偶然で溢れている。

早河は数年前、福島から津南に来たイチゴ農家から一時的にイチゴを預かった。まだ自分が扱う気はなかったが、その農家から食べさせてもらった夏イチゴの美味しさに驚いていた。その農家は結局、福島に撤退。「夏イチゴに興味ないですか?あるなら、プランターを安くお譲りしますよ」と告げ、早河の手に渡ることになった。

市場関係者に話を聞き、栽培困難だが高価であることを知った。その関係者からは「目ざといな」と言われた。彼の子会社が、夏イチゴの栽培をしているのだという。半ば成り行きで預かったのが始まりだったが、すごいものを選んだようだった。

早河はそれより前から、「何か生活に余裕が出る産品を」と探し求めていた。稲やユリが拡大するたびに、ファームの規模は大きくなるが、早河は自由な時間を削ることに。管理が行き届かない部分も出てイライラしはじめ、家で子どもに辛い想いをさせたこともあったという。

また、数年前から「機械に頼らずやっていけるようにしよう」という判断もしていた。稲、ユリは機械に頼る。イチゴについてはそれはない。

こうしてイチゴ栽培も始めることになるわけだが、さかのぼると、「子どもについたホラ」が現実になったのかもしれない。息子がホームセンターで購入し、表で育てていたイチゴが鳥に食べられた。しょげる息子に、「お父さんがハウスで育ててあげるから!」と言ったのだった。

そして今、本当に夏イチゴを扱っている。

品種名は「ティンカーベリー」である。




【事故を受けて】

事故当時からここまでの状況を伺った。早河は事故のことを知った際、「困った」「どうしよう」などという前に、冷静に気持ちを保つことを優先し、現場に向かった。

現場を見てまず取った行動は、二次被害を防ぐこと。崩壊した倉庫が道路の方に倒れれば、通行人や車両に被害を出すことになる。自分の機械の心配よりも、人様に迷惑がかからないように、という方が先だったという。

それから、である。二次被害の可能性をなくし、それから、機械の上に乗っているものをどかす段階になってようやく、機械の心配をしはじめた。

もう使えなくなった機械があった。機械の「安否」が分かってからようやく、辛さを感じはじめた。

これより前にも、自然災害によるショックを受けることは何度もあった。2012年9月17日、風速15から20mの強風が丸一日吹き付けた。ユリのつぼみがスレて傷み、約1万3000本、300万円相当が商品にならなくなった。2時間前までは風なんて少しもなかったのに!

自然災害について、農家が受けた被害に補助金は出るのか?

「ものすごく大きい範囲なら、考えられるというレベル。個人では容易には出さない」。

それにしても、強風でユリが損害を受けた一件は、自然災害の中でも特に辛さを残したものだったという。早河はユリの件で、「農業続けていけないかも」と思いながら、それでも頑張っていた。そのときに起きたのが、倉庫の崩落だったのだ。



【予防はできたか】

今回の事故を予防する機会はあったのか。これについて、早河は次のように答えている。

確かに、屋根に積もった雪をどかせば予防はできた。ただし、今までの何十年という経験から、「98%くらいはノーマークでいい」という判断をした。ものすごい大雪ならば「大丈夫かな」と見に行ったが、そうではなかった。本来ならば、(屋根からずり落ちて)抜けていく量の雪だったと判断した。

早河は「これをもって過信と言うのでしょうか」とする一方、「(予防の機会があったかと言えば)全くその通り」だと述べた。

私の目には、「弱った被災者」ではなく、「責任を自ら引き受ける事業主」に見えた。

【最後に】

早河はこの事故より前から、機械に頼らない農業を目指していた。それにのっとった品目が夏イチゴである。私が取材した時点では、「今まで経営の20%だったが、100%に近付けようかと思う」と語っている。

見方によっては、機械に頼る形から移行する流れの途中で、今回の機械倉庫崩落が起きたとも言える。痛手だが致命傷を避ける経営判断を、あらかじめ取っていたと考えることもできる。

事故の後でも、早河は他の農家に学びに行くことや、家族および出会った人に思いやりを持つことを忘れてはいない。将来的に、復旧どころか事故前よりも良い商品を作り/造り、より多くの人を笑顔にすることはあり得る。私はその可能性は高いと見ている。




ただし、これからまた頑張る前に、ガレキの撤去で資金的な助けを必要としている。

(取材・執筆=真木風樹。本文の文責は真木風樹にあります)。

2013年1月2日水曜日

三人目【Shintaro Yosida】PULLの権化




吉田慎太郎のことをもう一度よく知るため、僕は11月某日、石川穣一(26)と会ってきた。彼は吉田の仕事仲間。吉田のことを「頼れるアニキ的存在」と語っている。

なお、僕は、吉田について次のような疑問を胸に抱いていた。
(1)仕事人間なのか。つまり、仕事のことしか考えていないのか。
(2)なぜセミナーにお金を投資するのか。そこで学んだことはどう生きているのか。

石川への取材は、この二つの問題をはっきりさせるためと言える。なお、”草食系” なのかという問いはもうない。前編で述べたような理由から、”草食系” という用語自体から離れることにした。

前編はこちら




【仲間から見た吉田】

石川と僕が二人で会ったのは、千葉県柏市にあるカフェ。吉田と石川の思い出の場所だ。

ここではアジアのエスニック料理も食べられる。ほのかな照明、木で出来た机と椅子の感触、アロマの香り。

ひとつひとつが優しかった。

石川も優しくて柔らかい雰囲気の男だ。こういうところは吉田と似ているかもしれない。

石川は吉田についてたくさんのことを教えてくれた。

レバ刺しが好きなこと。それが食べられなくなると聞いて、無表情のまま落ち込んだように見えたこと。

単調なしゃべり方が仲間うちで物真似されていること。それだけで吉田の真似だと伝わること。

基本的に待ち合わせに遅れるということ。



何だか、聞いていてクスリと笑ってしまう。



そのようなところも含めて、石川は吉田のことを信頼している。石川は「会って1年で、こんなに信頼関係築けると思っていなかった」と語った。




【二人の出会い】

石川が吉田に会ったのは1年前。最初はmixiで知り合った。吉田のプロフィールを見て面白いと思い、自分からマイミク(Facebookで言うフレンド)の申請をした。

直接知り合ったのは、吉田が開いたSNS活用セミナーに参加してから。内容ではなく、吉田に関心があった。自分の周りにはいないタイプだったからだ。

石川は当時、お勤めの仕事ばかりで自分の時間がなかった。本当は絵の勉強がしたかった。「自分はこのままでいいのかな」と思っていたときだった。

セミナーを聞いてから、吉田のように複数の収入源を持ち、雇われない生き方について「自分とは違う世界なのかなあ」と思った。それでも、石川は「やりたいことをやらなきゃもったいないじゃん」と考え、吉田から学ぶことにした。



【ライバル企業の情報も提供】

石川が吉田に何の仕事をしているか聞いたとき、まず出てきたのがiPhoneの代理店事業。

石川はちょうどiPhoneが欲しかった。なので、「auにしようかSoftBankにしようか迷っているんですよね」と言ってみた。

吉田はSoftBankと提携していたが、「auの意見も聞いてみようか」と言って、au側の代理店事業をしている、自分の妹を紹介した。

石川は吉田について、相手が求めるものを提供する人と述べた。また、無理に相手の進路や選択を変えようとはしないし、エゴでものを言わないとした。そういうところが信頼されているようだ。

あくまでも判断材料をあげることにとどめる。

そして、話を聞くことを大事にしている。吉田と石川が話しているとき、両方が話そうとした瞬間、吉田は「いいよー」と譲る。そして、人のことを面白おかしくからかったりしない。だから石川は、自分の悩みを吉田に打ち明けることができた。



【疑問の答え合わせ】

(1)仕事人間なのか

石川は、吉田の学生時代からの友人兼ビジネスパートナーと、吉田の一日について想像したことがある。その友人によれば、吉田は起きたら静かに歯を磨き、セミナーの音声を聞き、ひたすら仕事をこなすだけだろうという。淡々と。

僕は吉田のことを、仕事の話しかしない人だなあと思っていた。

再取材をしてみて分かった。



やはり吉田は、仕事の話しかしないようだ。



ただし‥

真木「そういうところが、めちゃくちゃ愛されてるんだって分かりましたよ」。

石川「そうですね。愛されてますよ(笑)」。

ちなみに、石川は吉田と仕事をすることになってから、吉田からよく電話が来るようになったのを喜んだ。ここでも仕事の話が多かったが、それで石川は、「吉田さんに認めてもらいたいなあ」と思った。

なお、石川によると、吉田は夢について「俺はあんまり、そういうのない」と述べていたという。

夢に淡白で、遊びもしないと語る仕事人間。拍子抜けするほど仕事の話ばかり。だけどそこが慕われる。

吉田は、そういう、仕事人間。




(2)なぜセミナーに投資するのか

吉田は30万円はする高額セミナーにお金を投資している。僕には理由が分からなかった。

石川は、この点について「勉強するのが好きみたい」と言っている。

吉田は以前に取材した際、セミナーで学んだことを自己成長につなげるのが好きだと述べていた。

自己成長って何だ?

これは、昔は物欲や自分のことばかりだったのが、今は周りに刺激を与えること、人間関係に関心が移ったことを指しているらしい。

石川と話してから僕は「たぶん、人間関係に関心が移ったことが、慕われていることにつながっているのだろう」と考え、この日の取材を終わりにした。

僕がカフェを去るとき、石川は玄関まで見送ってくれた。彼はこの後も用事があってカフェに残った。石川がこのカフェで吉田と会ったときも、吉田に同じように見送ってもらったのだという。




【吉田との再会】



──ということがあったんですよ。



後日、吉田とは彼主催のTwitterセミナーでまた会えたので、僕は石川と会ったこと、見送りをしてくれたことを伝えた。

真木「逆に吉田さんも見送りしてあげていたらしいですね」。

吉田「そうでしたっけ?忘れてました」。



そうか。



この人、自分がしてあげたことを忘れてるんだ。だから、自己成長の結果を具体的に話せなかったんだ。エピソードを忘れているから。



声高に自分のアピールをしない人。だから、一見つかみどころがない。



だけど、知れば知るほど味が出る。



だから、レッテル貼らないでよく見てみよう。自分の目で。



どんな人なのか、自分の感覚で判断しよう。




ちなみに、僕が今回の取材を通し、”草食系起業家” の代わりに考えたあだ名は ”PULLの権化(ごんげ・・・※)”。

当たっているかな?吉田のことを、きちんと見ることができたかな?

それから、今回の記事の冒頭にあった似顔絵は石川が描いたもの。記事の発表に当たり、極秘で準備をしてもらった。文章と絵でジャンルは違うけど、どっちがよりよく見れたかな?

(※)”PULLの権化”・・・旧来の、目標のために「うおー!」と自分の意思を通そうとするのを ”PUSH” とするなら、脱力感たっぷりに淡々とこなす吉田の仕事ぶりは ”PULL”。恋愛も、告白されてから始まるそうだから、生き方自体が ”PULL” と言える。



【Shintaro Yoshida】

mixi⇨FREESTYLE

twitter⇨@shin_freestyle

Facebook ⇨吉田慎太郎

アメブロ⇨FREESTYLE〜自由な起業〜




Twitterセミナーの様子。緻密なノウハウを惜しみなく語る吉田。


(取材・執筆=真木風樹。本文の文責は真木風樹にあります)。


2013年1月1日火曜日

三人目【Shintaro Yoshida】そのレッテルを捨てろ



世の中には、「とらえどころのない人物」がいる。「どういう人?」と聞かれても、一言では表せない。形容し尽くせない。

しかし、人間は他者を見るとき、「◯◯の人」として認識しないと覚えておくことができない。形容しがたいその様子を無理にでも表現するため、人はレッテルを必要とする。「草食系男子」などがそれだ。

今回は、なぜか「草食系」に分類された人物のお話。



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某日、真木(筆者)の自室にて。



真木「うーん、あの人は ”草食系男子” なのか?この本にある説明に当てはまるのかなあ」。

僕はこのとき、「吉田慎太郎」という人物の記事を書いていた。彼は 草食系起業家 というキャッチフレーズで呼ばれている。ただ、会って取材した印象として、草食系に分類してよいのかよく分からないのだ。

では、草食系ではないとしたら、一体彼は何者なのか?ほかにふさわしい言葉が見つかったわけでもない。僕はモヤモヤしていた。




真木「あー書けないよー」。

何にせよまずは、彼と直接会ったときに見たもの、聞いたことを、ありのままで書いてみようと思う。

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吉田慎太郎(29)。髪はミディアムで襟足(えりあし)が長い。物腰は柔らかく、力まず淡々と話す人物だ。セミナー講師、インターネットのアフィリエイト、コンサルタント、IBOなど複数の仕事をしている。

この日、池袋のファミレスで僕らは会った。彼はトンカツ定食を頼んでいた。

真木「まずは、吉田さんの、ここまでの歴史を教えてもらえますか」。

吉田は「そうですね・・・」と語りはじめた。



【月収30万超えの高校生】


1983年、吉田は千葉県柏市に生まれた。彼が高校生だったころに両親は離婚しており、彼は高校を卒業したら働くよう言われていた。

ただし、吉田は「(それだけでは)ヤバそうだな」と考えたため、高校生でありながらお金の稼ぎ方を調べる。授業中に机の下でケータイをいじって情報収集していた。二つ折りの、白黒画面のdocomoのケータイから、問題解決の糸口を探していた。アルバイト代の全額に当たる6万円を毎月、ケータイ代に注ぎ込んだ。

結果、HPやメールマガジン(メルマガ)に広告を載せて収益を得ることに成功。月30〜40万円を得るようになった。



【経営者になる】

卒業後は就職も進学もしなかったが、月収200万円になった。19歳の頃には会社を設立した。

稼いだお金で物欲を満たしまくった。ルイ・ヴィトン LOUISVUITTON やクロムハーツ Chrome Hearts といったブランド品を買い漁る毎日。朝は口座から5万円を引き出し、1日でそれを使い切るという日々だった。30万円はする黒革のソファも買った。車にテレビにウオーターベッドも。欲しい物を買う瞬間は快感だったが、買い尽くしたときの感想は「面白くなかった」という。

一方、精神面では満たされておらず、従業員を雇うストレスから深夜は悪夢にうなされた。

これには説明が要るだろう。経営者は価値をつくろうとする一方、従業員は「出社すればお給料が出る」という考えで仕事をする。吉田が従業員を叱りたい場面もあったが、従業員は元は友達だったため、関係がギクシャクした。

病院に行くと「うつ」と診断された。このままでは危ないと考え、会社を休止して就職した。



【就職から複数事業へ】

それから、ケータイショップで販売の仕事を始めた。精神的に安定はしたという。吉田は社益を考える感覚があったため、トップセールスになった。ただし、好成績にもかかわらず、彼のお給料は手取りで23万円前後。大卒で年上の人より少なかった。

努力や成果が収入に反映されない。

このことで吉田は、お勤めについて「守られているけど、自分では決められないんだな」と再確認した。あらためて、ほかの事業を開始。副業を一つずつ増やして収入を拡大し、若くして会社をリタイアした。現在では10個ほどの商材を持っている。

収入面だけでなく、時間や人間関係のバランスも取れた仕事の仕方ができているという。



【吉田の謎】

歴史を一通り聞いた後は、吉田の価値観を聞くことにした。全質問を通して僕は「つかみどころがない」という印象を受けた。

(1)お金の使い方

吉田は、経営者だったころは若かったため、お金の使い道が分かっていなかったとの見方を示している。

真木「今なら何に使いますか?」

吉田「高額セミナーとかにお金を出して、自分が成長したり、勉強したりすることに使います」。

彼は、1回30万円はするセミナーについて言っている。今ならお金を自己投資に使うという。

それにしても、なぜセミナーにそんなにお金を使うのだろうか。この日の最後まで僕には分からなかった。

(2)メッセージ

真木「世の中や、これから出会う人にメッセージってありますか?」

吉田「そうですね・・・」。



・・・数秒の沈黙が続いた。もしかしてメッセージはないのか?

吉田「好きなことを仕事にしたらいいんじゃないでしょうか」。

好きだったら会社員でもいいけれども、せっかく人生の時間を使っているのだから、よく吟味してほしいという。

正論である。真っ当すぎて感慨がわかなかった。

(3)好きな遊び

吉田「自分、遊ばないんですよね」。

身もフタもない。話が続かなかった。





そのときである。僕は意外なことに気付いた。





…お分かりいただけただろうか?

吉田はトンカツをばっちり食べたが、キャベツは残している!

これは「俺は草食系ではない」という宣言だろうか?

取材は、キャベツが残ったまま終わった。

果たして、吉田のことを草食系と呼んでいいのだろうか?



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・・・というわけである。

だから僕は、自室で悩んでいた。

ギラつきのないさっぱりした人間にも見えるし、「仕事人間」にも見える。ただし「仕事人間」と言っても、昭和風の、書類の山を机に乗せて目から炎が出ているようなモーレツ系でもない。



一体、どう表現すればいい?


【そのレッテルを捨てろ】

”草食系男子” という用語について。『現代用語の基礎知識2012』によれば、「性欲が前面に出てこない内気な男子」とされている。2013年の最新版も同様だ。

吉田は一応、この定義に当てはまる。吉田の今までの恋愛は必ず告白されてから始まったのだという。それに僕が見る限り、性欲を前面に出すタイプではいない。

ただし、性欲が前面に出てくる男子って、そんなに多数派なのか?少し前はいっぱいいたのか?

恋心を押し殺して特攻した戦中男子も草食系か?

この定義に従うと、世の中は草食系男子だらけということになる。



この用語は、かなり大雑把な、しかも意味の定まらない言葉なのではないか?



補足すると、”草食系男子”という用語は時代とともに少しずつ意味も形態も変わってきているようだ。

使われはじめたのは2006年、深澤真紀というコラムニストの著書『草食男子世代─平成男子図鑑』からだとされる。この見方に従えば、深澤がこの用語の名付け親ということになる。

しかも、この時点では”草食男子” であり、”系” はなかった。

深澤は「恋愛やセックスにガツガツしていなくて、男女の友情も築ける存在」という、前向きなニュアンスでこの言葉を使ったのだった。

ところが、時と共に使われるニュアンスが変わる。女子からは「男子がオクテだから恋愛が始まらない」と言われ、目上の世代からは「物欲がないから消費もしない」と言われるようになる。

少子化も、車が売れないのも、草食系男子のせいだと思われているかもしれない。



さて、ここまで意味が拡大した用語で人を表現していいものか。

雑談ならまだしも、このページは取材した相手の「在り方」「様子」を真面目に伝えるためにある。

草食系 とレッテル貼りすれば記事はラクに仕上がる。ただし、それは安易な言葉を使って誤魔化すことだ。「吉田慎太郎」というテーマと格闘するのを放棄することになる。



真木の敗北宣言になるのだ。



「僕は吉田さんを表現できません。僕の理解力と表現力では無理です。だから草食系ってことにして、それ以上考えるのをやめます」と言っているようなもの。

それでも、ゴマカシを気にせず生きていくこともできる。だけど、僕は、それが、嫌だ。



だから、草食系男子 という表現はやめよう。そのレッテルをはがして捨てて、「吉田慎太郎」のありのままを見る。

もう一度書いておく。

レッテルを捨てて、ありのままを見るのだ。



やることはシンプルだ。もう一度取材するんだ。今度は別の角度から。

後編に続く

(取材・執筆=真木風樹。本文の文責は真木風樹にあります)。