2012年10月19日金曜日

一人目【Yumika Abe】自信がなくても、いいよ(後編)

【絶好調のきっかけ】

父のことを引きずり、自信を持てなかった時期を「過去のことだ」と切り離せるようになったのはつい最近(今年3月〜8月)、友人のコーチングを受けてからだ。

馴染みのない方には、「心の体操」と思ってほしい。ユミカが受けたのは「ポジション・チェンジ」というもので、内容は以下の通りである。

あなたは椅子に座っている。目の前の椅子は空席だが、そこには過去のあなたが座っていると想像する。

──過去のあなたは、現在のあなたを見てどう思うか?──
──現在のあなたは、過去のあなたに何と言ってあげるか?──

つまり、「現在」と「過去」、2人のあなたが語り合うのである。

ユミカの前には12歳の、一番辛かった頃のユミカ。
12歳のユミカは今のユミカを見て、「すごい!」と驚いた。

「友達がいっぱいできてる!」
「ニコニコ笑ってる人生なんだ!」
「お茶するだけであり得ないような億万長者と、一緒に旅行に行ってる!」


「わたしの人生、良くなっていく以外にないんだ!」と。
12歳のユミカから見ても、そのことに絶対の信頼ができるようになった。



現在のユミカからも12歳のユミカに対して言った。
「あんたの人生、何にも心配要らないよ」と。
「大丈夫だよ。十数年経ったら、あんたこうなってるから」と。

「ポジション・チェンジ」の結果、父親のように離婚を繰り返す「しょーもない」中年男がいたとしても、「自分には関係ないよ」と思えるようになった。

ユミカの心の中で、「自信のなさ」は「父」と結び付いていた。

しかし、「父」から受けた諸々の影響も「関係がなくなった」。

以降、彼女は ” 絶好調 ” なのだ。

ユミカ「恋愛では、昔は ”この男(ひと)がわたしを救い出してくれる” という依存の気持ちがあったの。でも、依存しなくなった途端、 ”恋愛って何だ” と思うようになっちゃった」。

ごめん、うなじに集中して聞いてなかった。





【自信がなくても、いいよ】

ユミカの今を知ったら、12歳のユミカでなくても驚くだろう。

仲間とバリに行き、パーティーのためだけにアマン・リゾーツのホテルを貸し切っておきながら泊まるのは別の場所。プライベートビーチでは、御一行のために色とりどりの花びらで道が用意されている。そこでインドネシアの宮廷舞踊レゴンダンスを鑑賞する。

僕と会っているこの日は、マカオから帰ってきたばかり。10月には祖母に「親孝行」するため台湾に連れて行く。

ただ、今でこそ旅行を楽しみまくっているが、最初は飛行機が浮いたくらいで感動したそうだ。





ここまで、ユミカの過去が決して明るいものではなかったことを書いてきた。

だからと言って、本文は「キラキラ生きてる人にも暗い過去があった。だからあなたも自信を持って!」という話ではない。

「現在のユミカのような生き方は、自分には関係ない」と思う人もいるだろう。あなたは、「彼女には才能があったんだ」「運が良かったんだ」「自分とは違う」と思うかもしれない。

「やっぱり自信がない」という人へ。本文のメッセージは「自信を持とうよ!」というものではない。

むしろユミカの体験は、「自信がなくてもいいんだよ」ということを示している。

ユミカの高校時代、つまり自信がない頃の話である。人生を好転させるきっかけも知りはしない。そうでありながらユミカは、「わたしの人生は平凡なままでは終わらない」と思っていた。

「わたしは小っちゃく終わらない」と燃える気持ちはあった。

教室ではクラスメートが「地元の指定校推薦決まった!」とキャーキャー浮かれていた。大抵は地元に残る生徒ばかりだったが、ユミカは「絶対、群馬を出て東京に行く」と決めていた。

東京に出れば未来には期待できるのかなんて分からない。それでも、「格好良くて強い自分になりたい」「何にも負けない」という気持ちがあった。

あなたは普段、一瞬でも「このままでは終わらない」という気持ちになることがあるだろうか?根拠はなくていい。

ごうごうと燃え盛るキャンプファイヤーほどの火でなくてもいい。折角のバーベキューなのになかなか燃え広がらず、周りのみんなを待たせちゃう炭火くらいの、微(かす)かな火でもいい。

微かでも、火が消えていないなら、本文を読み進める甲斐(かい)はある。



僕「谷間見えてますけど?」
ユミカ「見せてますけど?」





【起業】

「ポジション・チェンジ」によってユミカは過去と決別したわけだが、それに先立つ転機として、彼女は起業をしている。起業したことは、毎日楽しく生きていることや、すごい人と旅に行っていることの起点となっている。そして何より、「女性としての経済的自立」を確保することになった。

2010年1月。六星占術によれば、この時を最後に彼女の「大殺界」(何をやるにも良くないとされる時期)が空けた。意思決定を占いに頼っているわけではなかった。だが、「新しく人と出会うこと」に対して心を開くことにした。

「大殺界」が空けた後の同年2月に浜崎あゆみファンのオフ会(mixiなどの交流サイトで知り合った人たちが、オフラインで集まること)があった。そこで出会った人から、起業の手だてを教えてもらうことに。

なお、この頃にユミカは水商売をやめ、芸能の仕事も始めている。色々なことを再編成する時期となった。






【使命】

ユミカがロイヤルミルクティーを飲み終わる頃には、過去の話はほぼ聞き終わっていた。

今度は、これからの使命を聞いてみた。



「女性を救いたいんですよね」。



彼女が望むのは、自分と縁あって知り合った女の子たちが一生食べることに苦労しない経済力を身に付けること。それまでお手伝いしてあげたいという。

何らかの手段にこだわることはないけど、女の子が経済的に自立できるようになったらキャバクラのスカウトとかいなくていい。フワフワと水商売などに就く子たちを、「ラクだよ」「稼げるよ」と上手いこと言って誘導しているのがスカウト。

(ただし、水商売や風俗という仕事にプライドを持って取り組む女性について、ユミカは敬意を払っている)。

苦しむ女の子たちに、もっと楽しい生き方があると教えてあげたい。水商売のように心を、風俗のように体を売らなくても、女性が経済的に自立している世界はある。今、ユミカ自身がそんな世界にいる。



「こっち見てみなよ」。



「あなたがやりたいことは何だろう?見つけてごらん?全部自由にソウゾウしていいんだよ?」



──それが、彼女のメッセージ。



ただし彼女は、「大丈夫!未来は輝いているから!」と言う女性ではない。





彼女はこう言っている。





──いつでも、わたしが話聞くから──。



「ちょろっと電話で話を聞いてくれるお姉さん」という存在。小っちゃいことでいいから相談していいお姉さん。




ユミカの話を聞いて僕は思った。
悩める女子は、まずは相談したらいい。

未来に期待できるのかなんて分からずに──でも、いいよ。

自信がなくても、いいよ。





【Yumika Abe】
mixi⇨ http://mixi.jp/show_friend.pl?id=6192064 もしくは「☆☆☆ゆみか」で検索
Twitter⇨ https://mobile.twitter.com/#!/yumika926 もしくは「 @yumika926 」で検索
Facebook⇨http://www.facebook.com/yumika.abe.5
ブログ⇨http://dearwoman777.blog.fc2.com/blog-entry-203.html











僕「あ、そうだ。男に対しては使命ってある?」

ユミカ「別に(笑)まあ、経済力付けてね♥」

(取材・執筆=真木風樹。本文の文責は真木風樹にあります。筆者である真木風樹と、取材対象者であるアベユミカ氏以外による無断転載・使用はお断りします。転載・引用の際はご一報ください)。

一人目【Yumika Abe】自信がなくても、いいよ(前編)

アベユミカとのデートは2時間前に決まった。僕は彼女が待つビュッフェラウンジへの道のりを歩いている。

細い美脚と豊満なバストを兼ね備えた彼女は、「ユミカ様」と呼ばれることもある。確かに両立しがたい魅力だが、僕は絶対に「様」なんて付けない。

むやみに人を崇拝したり、あるいは逆に軽く見たりすれば、それが文を歪めることになるからだ。これは、相手がエラい「先生」でも、男を虜(とりこ)にする小悪魔でも、一切変わることはない。

そう、変わることはない。

ラウンジに着いた。彼女は男といた。何と、デートのお相手はもう1人いたのだ。

僕もそうだが、2時間前に彼女がFacebookに「誰か遊ぼう?デートしよ?笑」と投稿したのを見て、彼も来たのだという。

ちょこっと投稿しただけで短時間にデートの相手を複数見つけている。投稿したのは午後3時だから、来られる人間は限られているのに。す、すごいな。



あぁっ・・・ユミカ様っ・・・!



・・・やっぱり、「様」を付けてしまった。


ユミカ流は「気高く清く美しく」




僕は先にいた彼とバトンタッチし、ユミカと2人でカフェに移動した。なお、ここからはユミカと呼ぶことにする。

油断すると「ユミカ様〜ほえ〜( ´ ▽ ` )」などと言いそうになるが、ぐっと抑えておこう。他の人物を書くとき同様、敬称は省くことにする。

ユミカの言葉は気持ち良いくらいに自信満々。
「真木くん、こんないい女連れて歩いてると言うブランディングにもなるし、セルフイメージも上がっちゃうよ?笑」。

これは、一緒に歩いている僕も株が上がるし、自分自身へのイメージが上がってしまうという意味。自分へのイメージの高さというのは、成功する要素につながり得る。

この自信満々な発言も、冗談などではなく実際に当たっている。

ただし僕には気になることがある。ユミカの発言にはごくたまに、他人が経験しないような過去をほのめかすものがある。抗うつ剤に詳しかったりもする。

僕は、「過去に色々あったようですが」と切り出した。




ユミカの複数ある仕事のメインはマッサージ師。
だが本人が肩が凝って仕方ないという。そりゃあそうでしょうよ。





【ユミカの歴史】

「相談できる人なんかいなかったね。ははははは」。

過去のことに話が及ぶと、深刻さを感じさせない大胆な笑顔を見せてくれた。

彼女には、自信がなく、人に心を開くこともできなかった時期があった。そんな時期を「過去のこと」と思えるようになったのも、つい最近のことだった。

彼女の歴史を聞いてみよう。彼女は群馬にある父方の祖母の家で育った。両親は彼女が2歳の頃に離婚している。

父親は三味線を弾くことを仕事にしていた。「女遊びは芸の肥やし」ということなのか、女を取っ換え引っ換え。離婚歴は、「たぶん」5〜6回だという。一緒に暮らしたことのない子も含め、ユミカには異母きょうだいも多い。

小学2年生の頃には「ウチの家庭は人と違うんだ」と気付きはじめる。一緒に暮らした女性が夜中にいなくなったこともあった。ユミカは、父が女性に暴力を振るう男だというのも知っていた。4年生の頃には、父と付き合った女性たちの気持ちを想像するようになっていた。

また、借金取りが実家に来たこともあった。当然、居留守。それを悟られぬよう、夕飯時も電気を最小限にしていた。取り立て電話におびえていたため、電話が鳴ると今でもドキッとするという。

「自分の家庭環境は劣っている」「お金がない」「それは父のせい」という思いがあった。この劣等感は長引くことになる。



いつも強い子だねって言われ続けてた
泣かないで偉いねって褒められたりしていたよ
そんな言葉ひとつも望んでなかった
だから解からないフリをしていた
(浜崎あゆみ『A Song for XX 』より)


あゆの歌が好きで、特に初期のネガティブな歌詞に共感していた。
ユミカ「それだけネガティブだったんですよ(笑)今は微塵もないけど(笑)」




大学時代は、金銭的に実家に頼ることはできなかったため、奨学金を借りながら自力でバイトしていた。「自分で稼いでやるよ!」というくらいの気持ちだった。

彼女は水商売を始める。自信がなかったのに意外だと思えるかもしれない。ただし、彼女はその気になれば社交性を発揮できる人間だった。

それでいて他人に対し、「きっと自分の気持ちは分からない」と思っていた。だから「本当の自分」ではなく「数cmズラした自分」を見せていた。同じ大学の人にも水商売をやっていることを話していなかった。

さて、水商売を始めたものの、そこでも女の子が傷付く場面を目の当たりに。スカウトマンによって都合の良いように使われたり、ホストにはまってしまったりする女の子がいた。そして、心を曲げて接客する苦しみがあった。

「心を曲げる」苦しみについて。人は「思っていること」「言っていること」「やっていること」の間にギャップがあるときにストレスを感じる。一般的な会社員も、本音と建前を使い分けるときは嫌だろう。ユミカによれば、その点でお水の子たちの苦しみは会社員以上だという。

彼女たちは上手く駆け引きして立ち回っているように見えて、実際は心のバランスを崩すくらいに苦しんでいる。「うつ」になり薬剤を使う子もいる。ユミカ自身が抗うつ薬である「デプロメール錠」を摂取していた。

ユミカはこの頃、冗談っぽく「わたしキレイだから」などと言うようになってはいたが、家に帰ると落ち込んでいた。

長い間、自信など持てず、「わたしは何のために生まれてきたんだろう?」と悩み続けていた。

なお、デプロメール錠とは、抗うつ薬の一種であるフルボキサミンの商品名。これは、脳内でセロトニンのみを選択的に神経に取り込まれないようにすることで、脳神経のつなぎ目にあるシナプス間のセロトニン量を増やす薬「SSRI」の一種。脳内でのセロトニンの不足が、うつ病につながるとされる。よってSSRIにはうつ病などへの効果もあるが、▽吐き気▽焦燥感▽24歳以下の服用者が自殺を図るリスク──も指摘されている。





後編に続く。 【Yumika Abe】自信がなくても、いいよ(後編)

(取材・執筆=真木風樹。本文の文責は真木風樹にあります。筆者である真木風樹と、取材対象者であるアベユミカ氏以外による無断転載・使用はお断りします。転載・引用の際はご一報ください)。